2011年12月26日月曜日

正義 vs 正義


2週間前に、秋学期も終わり、MBA生活も残すところ半年となりました。2年目は、1年目の過酷なケース読解と知識吸収の生活と比べると、かなり余裕を持って、一つ一つの事象について考察をめぐらすことができました。それは、1年目に築いた体系的な知識とケース読解力が基礎にあったからできたことなのかもしれません。ものごとの考え方も、大きな枠で考えることができるようになってきたのではないかと感じています。

特に、ネゴシエーション(交渉術)のクラスは、私の考え方に大きな影響をもたらしたと思っています。授業が始まる前は、アメリカ型の交渉術というと、どうやって相手を打ち負かして勝つかという戦略を教えてもらえるのだと期待していました。しかし、実際には、相手とどうやってより大きな価値を創成していくかを教わりました。交渉は、「相手とのパイの奪い合い」ではなく、「相手とより大きなパイを創造する共同作業」なのです。そのために、どんなマインドセットで、どんな準備をして、どんな会話をしていくかを、練習しました。ハーバード大学の交渉ネットワーク研究所のテキストを使いましたので、和訳のものを3冊紹介します。



交渉とは相手と大きなパイを創成する共同作業

また、2年目も、たくさんのチームワークの機会がありました。その中で、相手の立場になってものごとを考えることの大切さを改めて認識しました。それは、会議の進め方やリーダーシップというような大きな話ではなく、普段のちょっとした言葉の言い回しやちょっとした気遣いがとても大事であると気づきました。

このような2年目の考察を元に、相手への理解を深めることの大事さを改めて考えたいと思います。世の中、何かと、「正義」と「悪」を作りたがる傾向があります。そして、自分は「正義」、相手は「悪」という分かりやすい二項対立のモデルに落とし込みます。そして、いかにして、その「悪」に打ち勝つかを考えるのがうけるストーリーになっています。少し前までのアメリカ映画はこの手の話がとても分かりやすく描かれていました。例えば、ディズニーの映画でも、「正義」と「悪」は分かりやすく表現され、「悪」が滅んでハッピーエンドというのが定番です。しかし、最近、このモデルに変化があるように思います。

一昨年、マイケル・サンデル先生の白熱教室でも、「正義」にはいろいろな形があるということが議論されていましたし、今ブロードウェイではやっているウィキッドというミュージカルも、どうして「悪い」魔女が誕生してしまったかという悲劇のストーリーに焦点が当てられています。すなわち、「正義」というものがあやふやな時代になってきているのです。そして、「自分が正義」で「それに反対する者は悪」という分かりやすいストーリーは、古い価値観になってきています。

西部劇で適役はアメリカ先住民。
写真は、マサソイト酋長像。マサチューセッツ州プリマスにて撮影。

自分も正しいし、相手も正しい。ただ、互いが「違う」歴史を所有していたり、「違う」組織を代表していたり、「違う」価値観を持っているというだけの話なのです。となると、大事なのは、その「違う」主張をどうやって共存させて、より大きな価値を創造していくかが、腕の見せ所になっていくのだと思います。

自分の意見を否定されると、不安になって自己正当化のための防御をしたり、相手を攻撃したりしてしまうことがあります。しかし、相手の「違う」意見に好奇心を持って、耳を傾けてみることが第1ステップです。そして、なんで相手がそう思っているのかを理解して、自分も相手も得をする結果をどうしたら得られるか考え、話合うのです。

例えば、私利私欲を肥やすために、人を無下に扱い、非人道的なことばかりを行っている人がいるとします。こういう人は、一般的に「悪」というポジショニングがされます。そして、その人を征伐するのが、「正義」です。しかし、ここで、征伐するのではなく、なんでその「悪」の人がそんな行動をとるのか理解してみることが大切です。もしかしたら、そうせざるをえない痛ましい事情や悲哀な歴史があるかもしれません。それを理解して、解決方法をはかるのがより大きなパイの創造です。企業の不祥事や政治家の不適切な言動も、その裏の事情や歴史を理解しなくては、結局のところ、同じような事件が繰り返されるでしょう。

自分も正義、相手も正義、というポジショニングをして、大きな視点から話し合いをする。その力をもっと鍛えていきたいと思います。